(出典: lewisdrummond)
私たちが現在生活する社会は情報過多社会であり、膨大な情報が垂れ流されているその横で、宇宙の星の1つくらいの情報を幾つかピックアップして受信して生活している。
いつでもどこでも必要な情報を受信できる、という利便性に甘んじた怠慢な心から、私たちは情報を得ることに対して積極性が欠落しているのではないか。
テレビのニュースやYahoo!のトップニュース、情報を発信する側の裏側の様々な操作の下に成り立っているそれらの情報ばかりを鵜呑みにしていたら、やがては個人の思考すらも操作され、個性という言葉の意味すら嘘になってしまうような気がする。
与えられた食事ばかり食べるのではなくて、その過程を知ることと「自炊」をすること。
この10年代を生きていく為に必要なことの1つであると思う。
音楽は洋服と違ってどれだけ手間をかけて制作しても、平凡非凡問わず同じ棚に並べられてしまう。それというのは、音楽がデータ化され、「データ」とカテゴライズされた時点でその価値は均一化してしまうのだろうか。勿論ここにおける価値というのは千差万別で、人それぞれの価値観の下で判断が下されているのだろうが。
現在の音楽シーンは、、と語れるほどの知識は持ち合わせてはいないし、私こそミーハー代表の雑食系だが、日々良質な音楽を私の独断と偏見で模索している日々の中で、なぜこんなにいい音楽が大衆に受け入れられずに、地下のレーベルでくすぶっている(失礼)んだろうと思うことが多々ある。日本の音楽チャートにランクインしている曲(そこに私の独断と偏見が含まれていないとは言えないが)は低レベルだと思う。切ない恋の歌か人生応援ソング、同じようなリズムで聞き覚えのあるメロディーがローテーションされてバンバン売れていく。メディアはチャートにしか興味が無い。そんなことは今に始まったことではなく今更言ってもしょうがないかもしれない。
続きはまた書きます。
(totumfallenから)
(出典: wearebutone)
(出典: cross-of-nothing)